米と肉食史

 昔の日本の食生活は、米(玄米)に偏っていた。

 今のサイズでいうと、大人一人一日4合が標準。それに一汁二~三菜を加えた質素な食生活を、日本人は1400年以上続けてきた。

  貨幣経済が未発達だった奈良時代、税金は「米」で収めさせることした。701年の大宝律令で、基準となる度量衡のサイズまで定めている。

  それまでは、弥生時代から食べ始めた米の他に、鹿や猪、一部では家畜化した豚もよく食べていた。

  ただ、肉中心の食生活だと、農民どもが税=米作りを頑張らぬ。

  そこで利用したのが、渡来して間もない仏教だった。

  「四足動物を殺すと地獄へ行く」

 と、迷信深い民衆に、肉食に適した動物の殺生を禁じた。都合のいい戒律で洗脳、日本人を肉食から遠ざけてしまった。

  奈良に大仏を作り、全国に国分寺を建立、聖(ひじり)が全国を歩いて仏の教えを広めた。

  苦しいときは阿弥陀様におすがり。極楽に行きたいだろう、肉を食べると穢れるぞ、と危機感をあおる。

  財政は大変ですよ、社会保障費どうしますか、消費税上げますよ、の論法と似ている。

  奈良時代に始まる米中心の質素な食生活は、結局は江戸末期まで続く。

  ちなみに、江戸期の農民は米など食べられないほど極貧で、威張り散らす武士に全部持っていかれたあげく、雑穀ばかり食べていた、というのは大嘘。

  江戸期の人口3000万人のうち75%は農民。残り25%の武士や商人ばかりが、75%が生産した米を食べていたら、米は大量に余ったはず。

  だから、農民も普通に米を食べていた。でも、残った米はできれば現金化したい。売れる分は売って、かさ増しのために雑穀を混ぜて食べていたというのが実情らしい。

  このように、奈良時代から、歴史的に肉はほとんど食べられなかった日本人。

  明治からちょくちょく食べ始めたものの、つい4,50年前までは年間たったの12キロ。

  それが今では、一人あたり年間40キロもの肉を食べるようになり、食生活の激変で生活習慣病も激増した。(アメリカ人は170キロ)

  日本史上、最も典型的な和食とは、冒頭に挙げた質素なメニュー、たまに鳥肉や魚(病気のときだけ山鯨(猪)や卵を食べた)で、しかも戦国時代まで1日2食だった。

  日本人としては、そういう粗食が一番健康的な食べ方なのだとも思う。手軽でない分、現代ではある意味贅沢ではある。

  「ビタミン不足が気になるあなた、サプリメントDXはいかがですか?」

  お値段はいまならなんと1980円!さらにもう一個!みたいな健康食品の宣伝を見るが、結局、健康のためには質素かつ栄養豊富な食生活で十分。 
 そもそも、安物の合成サプリメントは効き目がない。

  でも、玄米は食べにくくて美味しくないから、「胚芽精米」が栄養価と食味のバランスでは一番優れているのかなと、米屋の稲造は思う。

  胚芽精米7:ミルキークイーン玄米3を1日4合(黒米入)、それに一汁三菜+動物性たんぱく質少々。オイルは使わず、戦国時代風に1日2食で。

  もちろん、和食だから油も砂糖類も一切とらない。といっても、4合もたぶんおなかに入らない。

  玄米や胚芽精米は食物繊維が豊富。だから、白米に比べて血糖値も上がりにくい。

  炭水化物はダイエットの目の敵にされがちだが、昔の日本人には肥満も糖尿もいない。 
 太るかどうかは、消化を遅らせる食物繊維を同時に摂取するなど、食べ方次第だと思う。