この世は生きるに値する

 月を仰ぐと、雲に乗った賑やかな一団がやってくるような気がした。煩悩など感じようもなかった、サンタクロースさえ信じていたあの頃のこと。

 

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 しかし、かぐや姫はなぜ地上に転生し、そして月へ帰ったのか?

 

 「贖罪のため」

 

と、姫は育ての父に語る。

 

 物語ができた平安初期は、仏教思想が日本をおおいはじめた時代。

 

 恒久的な魂の平安のため、煩悩から解脱することが仏の教え。物語にはこれが根底にある。

 

 解脱者の世界にて、不安も悩みも迷いもない平穏な毎日に疑問を感じた、さるやんごとなき天女。ある日、ふと煩悩地獄の下界にあこがれを抱く。

 

 しかし、魂をささくれだてたその罪をとがめられ、罰として堕天使となってしまう。

 

 「中秋の名月(旧暦8月15日)に迎えに行く。その日まで煩悩を知るがよい」

 

 本文では語られなかった、竹取物語のプロローグ。

 

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 帰省して、天の川流れる日本の夜空に、月を見上げる。

 

 悩んだり、悲しんだり、苦しんだり。人はとにかく精神の振幅に忙しい。でもそれがあるからこそ、下界には喜びや幸福もまた、存在しえると私は思う。

 

 

 だから煩悩もまた、いとをかし。下界は生きるに値した。月に帰ったかぐや姫はそう振り返っただろうか。