両国国技館のそばに、「吉良邸跡」という史跡がある。
ご存じ、忠臣蔵の悪役・吉良上野介の屋敷跡。1702年の元禄華やかなりし頃、47人の武装した赤穂浪士たちが、12月14日の雪降る未明に吉良邸を襲撃した。
上野介以下16名の殺害に及んだという、江戸時代で最も凄惨な刃傷沙汰だった。
…と、ここまでは史実とも一致する、ドラマ等で知っている内容。
問題は、この忠臣蔵をネタに、息子とどう遊ぶかだ。おっさん同士で子供じみた遊びができなくなった今、「息子が父の趣味に付き合って遊んでくれるか」といった方が適当だろう。
「ええ~い、覚えた上野介!」「あ、浅野殿、殿中にござるぞ!」と、お約束のシーンはできれば私が浅野役で、息子が切られ役の上野介。
ままごととは違うんだぜと、あれをいかに迫真の演技をもって取り組むかというところに、遊びの本気度が試される。
で、舞台はいきなり、大石内蔵助が炭小屋の前で上野介を打倒した場面に移る。
浪士たちは、両国の吉良邸から、主人の墓がある品川の泉岳寺まで、上野介のみしるしを掲げて、江戸の町を歩くことになる。
この「歩く」を、息子とやってみたいのだ。
両国から品川まで10キロくらいだし、歩ける距離。当時の浪士たちがたどった同じルートを、一緒に歩く。
感情移入しつつ、この道を歩くためには、物語をよく知っておかねばなるまい。予習しておいてもらおう。
お父さん、この時の堀部安兵衛や大石主税は、どういう気持ちで泉岳寺へ向かったんだろうね。せっぷくするんだよね。
お父さん、この時、寺坂吉右衛門だけが泉岳寺に向かわなかったんだよね。どうしてだろう?
お父さん、吉良の最強用心棒・清水一角は、集団で襲い掛かってくる浪士たちに、二刀流で立ち向かったんだよね。
などと、男らしく鼻息を荒げながら、浪士たちの気持ちや、清水一学の獅子奮迅の働きぶりを、子どもながらに夢想するのだろうか。
私の息子だから、きっとするのだろう。
槍をりゅうりゅうとしごいて馬腹を蹴る、鎧をまとった勇ましい武者姿に、男はいくつになっても憧れるの。
そういう詩的情景のなかに自分を置いて現実逃避する、稲造でござった。