限界集落株式会社

 秋田の農村部からお米を輸入・販売するという職業上の理由からも、農村・農業には大学生のころから大変関心が高い。


 NHKの土曜ドラマで放映された「限界集落株式会社」。


 なかなか就職できない女子大生のミホ。実家は東京から5時間という長野の山奥であり、いわゆる高齢化著しい限界集落。都会での就活に疲れたミホは、祖父母とともに農業を継ごうと決断。その矢先に祖父が倒れて帰らぬ人となる。もう本当に私しかいないんだと決意を固めたミホ。そんな時、葬式にやってきたのが15年前に蒸発した父親だった。


 父親の正人はかつて有機農業にチャレンジしていたが、農協との確執が引き金となったある事件をきっかけに、東京へ出奔。一方、正人の父親(ミホの祖父)は、正人が情熱を注いで取り組んでいた有機農業の土を絶やさぬべく、15年間その土を守り続けていた。


 父親が書き残していた有機農業の試行錯誤。その苦難の記録を読んだ正人は、実家に戻って有機農業を再開しようと決断する。そんな形でいきなり帰ってきた父に複雑な感情をしめすミホであったが、ドラマ的にも衝突と和解を繰り返すごとに、次第に心を通わせていく。


 しかし、この限界集落でろくな収入にならない農業を続けられるのか?ミホ、正人、そして高齢化が進む村人たちは半ば途方に暮れていた。そんな時、コンサルタントを名乗る多岐川が突然現れる。仲間に裏切られて借金を背負い、止(とまり)村で空き家になっていた亡き祖父の空き家に逃げてきたのだ。


 追い詰められていた多岐川は、自分と、そしてこの限界集落にとって起死回生の提案をする。


 「どうせ黙っていても消滅する限界集落です。いっそのこと、村の農家全員が社員となって、この村を株式会社してみませんか?安全安心の有機農業をかかげ、観光農園と直売所によって、お客さんに来てもらえる、利益の出る農業を実践するのです!」


 農薬や化学肥料を使わない有機農業は大変きびしい。大量生産は不可能だ。しかし、自分たちが作った野菜に値段をつけ、自分たちで加工・販売して六次産業化し、そうして利益の上がる農業を実践していくためには、他の地域の野菜に勝てる商品提案が必要になる。


 「本当に儲かるだか?」


 多岐川以外は誰もが首をかしげながらも、とりあえず設立された株式会社トマリファームであった。


  抜群のプレゼン力をもつ多岐川はコンサル時代に築いた人脈を駆使。旅行代理店を通じて有機農園に遠足や観光客を誘致し、テレビ局を呼んでは派手な宣伝をし、鹿の鳴き声がさびしく響き渡るような止村には、大勢の人が訪れ始める。


 多岐川の戦略は大当たり、株式会社トマリファームはこのまま順調に拡大していくものかと思われたが、ドラマ的にはこれではまったく面白くない。


 今までのやり方を変えられることに抵抗する村人たちとの衝突、利益を最優先する多岐川のドライなやり方に反発を覚える正人やミホ、そして、看板である有機農業を脅かす事件が発生し、会社存亡の危機が…と、もちろんひと波乱もふた波乱もある。


 最後は皆が力を合わせて克服し、最後には視聴者の心が晴れやかになるというハッピーエンドであった。


 このドラマの主人公がいったい誰だったのかよくわからないが、突然帰ってきた正人役の反町隆史、その娘の松岡茉優(「あまちゃん」の入間しおり役)、多岐川役の谷原章介…と、全員が全員ハマリ役を見事に演じきり、物語を原作以上の面白さにしてしまった。


 原作とドラマんも大筋は似ているが、人物の設定が大きく異なり、エンディングはハッピーエンドである以外、まったく共通点がない。原作には存在しない人物もたくさん登場する。


 しかし、原作は原作で楽しめ、ドラマはドラマの別物語として大いに楽しめる、近年まれにみる大変な良作だったのではないかと、多くの読者や視聴者は思ったのではあるまいか。


 原作やドラマでの株式会社トマリファーム。自分たちで作った農産物を自分たちで加工・販売するという農業の六次産業化、これは日本中の農村地帯で実現しつつある。トマリファームの例はドラマ的にうまくいきすぎであるが、農業が「農家」ではなく、農家が農地を持ち寄り、あるいは集約して会社化した農業生産法人の数も、近年飛躍的に増えている。


 弊社も農家ではなく、農業法人からお米を仕入れている。農家単体では規模が小さく、法人でなければまとまった量の取引ができないからだ。


 農水省は90年代後半から、農業の主体を会社化すること、そして六次産業化することを推進しつつある。NHKはそんなブームの中で著された「限界集落株式会社」を、うまくエンターテインメント化したのであった。


限界集落株式会社 原作 黒野伸一