ホタルの郷

 豊穣な美流せせらぐのどかな山あいで、祖父はあきたこまちを作っていた。私は生まれた時から、それを食べて育った。

 真夏の夜、一帯では蛍が舞っていた。上空は天の川と流星が瞬く満天の星空、地上は蛍の大群と、上を向いても下を向いても色とりどりの光が満ち溢れていた。それは、この世界に存在する真に幻想的な光景の1つだったと、今は亡き祖父の顔と共によく想い出す。

 一時期、その地上の星空が闇へと変わった。当時認可されていた農薬使用と、農業用水路をコンクリートで固めてしまったことによる弊害であり、日本全国がそうなりつつあったらしい。

 ところが、そんな農薬がどうやらミツバチをはじめとする益虫たちの生態に深く関わっていると指摘されはじめた。数年前、世界中でミツバチが集団消失したと話題になった。そういう過程を経て、現在の日本では環境配慮型の農薬しか認められなくなり、全国各地に蛍が戻ってきているといわれている。

 つまり、現在の日本では「農薬を使ったお米や野菜」といっても、いわゆる減農薬栽培に近づいているらしい。ちなみに、東北地方は九州地方に比べてはるかに涼しく、雨も少なく、つまり高温多湿ではないから稲が病気になりにくく、東北米は九州米に比べて農薬使用量が一般的に3分の2以下といわれている。

 しかしあの、地上に星空を作った蛍舞う夏の夜の体験を、すべてのシンガポールの日本人小学生にプレゼントしてあげられたら。それは、変化のないこの大都会において、何物にも代えがたい、まるで時が止まってしまうほどの美しい瞬間なのではないかと、最近よく思う。

 幼少期の感動は、一生を決定づける力を持つ。いずれかの感動が夢を育み、それを実現させた大人の瞳には、またひとつ星空が輝いている。たまにいる少年の瞳をしたようなおじさんを見ると、いろんな意味でこの人の少年時代は豊かだったに違いないと思う。

 シンガポールの小学生たちは、たとえば「夜空」に対して、大人になってどんな光景を想像するのだろう。どんな感動に基づいた世界や宇宙のひろがりを、彼らは思い描くのだろう。

 稲造のお米が、秋田や岩手の満天の星空の下、豊穣で透明な雪どけ水に遊ぶ蛍の郷から海を越えて来ているのだと、せめて想像力を膨らませてもらえれば。色とりどりの四季と自然と動植物が育んだ、世界一の多様性に育まれたお米なのですと、好奇心と想像力を刺激してあげられるだろうか。

 というわけで、7月16・17日は、チャンギ小学校5年生全学級にて、稲造こまちをテーマに授業いたします。

 まぁ、会社作った頃に比べたら、心臓にはやさしいコトですから...。