人間の舌は、幼少期に形成した味覚を一生の基準にします。子供の頃に毎日食べた「おふくろの味」を、いまだに世界で一番おいしいと思っている人が、多数なのではないかと思います。 幼少時の体験は強烈です。私の場合、祖父が生産したあきたこまちで母がにぎってくれた、筋子おにぎりの味が脳に刻印されたのは、8歳の夏でした。鳥海山という地元の山の七合目で食べたことまで、はっきり覚えています。 「死ぬ前に何を食べたい?」と問われたら、「母さんのおにぎり食いてぇなぁ」と即答するでしょう。千円札の野口英世が黄熱病に倒れる前「おっ母、あさりの味噌汁食いてぇ」といったように。それほど鮮烈な幼少時代の食味体験が、シンガポールであきたこまちを販売する、いまに続いています。 シンガポールには、最近までおいしい日本のお米がありませんでした。あったとしても、なぜかやたら高額でした。おいしいごはんが食べられない。だから、シンガポールの多くの日本人の子供は、一生ひきずるその「おふくろの味」が、われわれ大人が日本で記憶したものとは、かなり違っているはずです。 お米を販売するものとして、子供には、おいしい日本のお米で、そしてそれを使った母の手料理で、日本人本来の味覚基準を形成してほしいと、思わずにはいられないのです。微力ですが、自分のあまりにも鮮烈なおにぎり体験をふまえて、毎日の食卓の面から、シンガポールで育つ子供たちを応援したいのです。 そして、おいしいお米を使ったおふくろの味とともに、豊かな舌と感性をはぐくんでもらえればと思います。
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