勤労意欲について考える

 シンガポールでエンプロイメントパスが下りたのは11月下旬。それから2ヶ月以上経ち、一番考えたのは、事業のことを除けば、

 

 「人間の勤労意欲とは?」

 

なんてやや哲学めいたことであった。

 

 しかし、これはおそらく、こちらに滞在する日本人なら誰もが少なからず考えることである。

 

 とにかく、平均的なこの国の人々は、勤労意欲に異様に乏しい。厳密にいえば、平均的な日本人労働者の半分以下なのではないかとさえ思う。

 

 いつの時代か、

 

 「この世で最も太い神経を持った男のそれは、この世で最も細い神経を持った女のそれよりも、細い」

 

なんて名言を吐いた偉人がいたそうだけど、日本人とシンガポール人には、同じことが言えるのではないか。日本人で一番働かないやつの勤労意欲は、シンガポールで最も勤労意欲のあるやつより、強い...さすがにそれはいいすぎか。

 

 ニュージーランドで3年半ほど働いていたけれど、向こうの人も本当に勤労意欲に乏しい人間がたくさんいた。日本は少子高齢化で労働力の減少が叫ばれている。しかし、日本の70歳の平均的労働者の勤労意欲は、NZ25歳の平均的労働者の勤労意欲よりも強いのではないかと思い、日本は別にそんなに危機的状況ではないとさえ思ったほどだ。

 

 まあ、欧米系は働かない人は本当に働かなくて、その働く人との格差がもの凄いというのが現実。日本人は平均的にみんなよく働く人種である。

 

 ここでいう勤労意欲とは、能力の有無を言うのではない。自分がやるべき仕事に責任を持ち、それをきちんとこなすかどうか、という意識の問題である。

 

 シンガポールで勤労意欲に乏しい人々。それは中間層ホワイトカラーとインドマレー系の建設労働者にもっとも当てはまる。とにかく、労働生産性が本当に低い。低賃金だから勤労意欲がないのではなく、勤労意欲がないから、低賃金なのだと思う。

 

 まず、日本人駐在員の知り合いからよく聞く台詞が、とにかくよく仕事を休む。そして、仕事が途中であっても、時間が来たらほっぽりだして帰ってしまう。やりかけの仕事があるのにいきなり1週間のホリデーをとる、挙句の果てにはすぐやめる...と枚挙に暇がない。失業率は1,2%台で、ほぼ完全雇用が実現されているからだろう。

 

 それもこれも、外資を呼び込み、シンガポール人を雇わなければその会社に労働ビザを与えない...なんて仕組みを作り上げたシンガポール政府の方針である。さすがは小学生時代から選別されているというこの国の仕組みを作り上げるエリート層は、かなり優秀である。

 

 勤労意欲に乏しい人間が大勢いても、なぜか国が豊かになれる仕組みを作っているのだから。

 

 なぜなんだろう?そうなぜ勤労意欲に乏しいのだ?別に人間が悪いとか、そこら中につばを吐き散らかす典型的中国人像の人が多いとか、そういうことではなくて、客観的に見て、本当に勤労意欲に乏しい人が多いのである。要領も悪いし、スーパーのレジ、銀行、とにかくいたるところに行列ができてる。日本のレジうちのパートのおばちゃんが神に見えるほど、こちらの担当者は仕事が遅いからだ。

 

 どうすれば仕事が早く完結するかだとか、どうすればお客さんがいい気持ちになってリピーターになってくれるかだとか、本当に何にも考えていない。こんなに努力しなくても回っていく社会って、ある意味凄い。日本は顧客重視でないと、そこはすぐにネット上に悪評が書き連ねられ、しまいにはつぶれてしまうから、この両国は本当に極端である。

 

 ってか、大都会とは思えないほど、人々の平均的な歩くスピードも本当に遅い人が多い。多分、東京や大阪のサラリーマンの半分くらいのスピードでしか歩けない。みんな速い日本が異様といえば異様だし、郷に入らば郷に従えで、自分もシンガポールのスピードに合わせるべきなのかもしれない。

 

 なぜなんだろう?南国の人特有の、時間の進み方がゆったりとしているからなのか。

 

 いや、東京や大阪の夏はシンガポールより5度以上暑いけれど、みんななんでそんなに速足なのかというくらい、速く歩く。ニュージーランド人は勤労意欲に乏しい人もたくさんいたけど、歩くスピードは日本人以上に速かった(体もでかいから当たり前だけど)。これも不思議。

 

 なんだか、格差社会で階層が完全に固定化されちゃって、エリートが失業率の低い仕組みを作り上げて、その中で食っていける世の中になったものだから、こういう国民気質が出来上がったのだろうか。

 

 

 つまり、外資と外国人労働者が引き上げてしまうと、もう国家としての体をなさなくなりそうな気配。